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MANABLOG

会社を退職して独立への道を進んでいる25歳。趣味は合唱と指揮と20世紀前後のオペラ歌手鑑賞。

私、裸族になりました。

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先月の今くらいから、家では上裸で生活しています。

 

下は、ユニクロでドバっとまとめ買いした、、、、

なんだろ、商品名が分からないな(汗)

 

さらさらした、5分丈のズボンみたいなやつ。

 

最近の僕は家から出ないので(というか部屋からも出ないので)、

朝起きてから寝るまで、基本的にその格好です。

 

 

こんな格好になってしまったきっかけは、

「YOUは何しに日本へ」という番組で、

とあるYOU(外人)のシーンを見たところから。

 

どんな外人だったかというと、

寝るときにパンツ一丁になる外人でした。

 

もしかしたら、外人の間では普通なのかもしれませんが、

僕には結構刺激が強くて、ハァハァと…

 

ではなくて(笑)

 

こんな生活の仕方もありなんだなーってことに感動したのです。

 

 

で、見たその日に実行。

先ほどの、ユニクロのさらさらしたやつを下にはいて、

上は裸でベッドイン!!

 

もうね、

めちゃくちゃ気持ち良い!笑

 

今の季節って、夜結構暑かったりしますよね?

湿度も結構あったりして。

 

でも、そういった不快感がないんですよ。

 

窓開けて、網戸にしておけば、もう快適。

 

エアコン?要りませんそんなの。

 

上裸でベッドインして、タオルケットでもかけておけば

もうそれで充分ですね。

 

 

その快楽を知った次の日、

「日中もこの格好で過ごせばいいんじゃね?」

という事に気が付いてしまいました。

 

どうせ誰に見られることもないし?(注:実家暮ら)

 

誰に迷惑かけるわけでもないし?(同上)

 

もう一日上裸でいよーっと!

 

こんな感じで、

その日から家の中では上裸マンが習慣になりました。

 

 

ここで、上裸を検討している人のために、

メリットとデメリットを挙げておきましょう。

 

メリット

  • 涼しい
  • 蒸れない
  • エアコン要らず
  • よって電気代も浮く
  • 上半身分の洗濯物なくなる
  • 身体の変化に敏感になる
  • お肉が気になる場合は、自分への戒めになる

 

デメリット

  • 癖になって、上裸じゃないと眠れなくなる
  • 家族に見られたときに、最初はギョッとされる
  • 上着を着たときに違和感を感じるようになる
  • 夜中に蚊が侵入してきたときに無防備
  • 体臭の強い人は公害になる
  • 素早くにピンポンに出られなくなる

 

と、こんな感じですね!

さぁ、みんなで上裸になろうよ!!爆

 

以上!有難うございました~。

 

 

 

白湯って美味しいのに健康にも良いってすごいですよね、という話

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かれこれもう3年くらいでしょうか、いや、5年かな?

 

大体それくらいの期間、毎朝白湯を飲んでいます。

 

白湯ってのは、ただのお湯の事です。

 

決して、白く濁った怪しい液体の事ではありません(笑)

 

 

毎朝、起きたらお湯を沸かして、それを飲む。

 

とまぁこれだけの話なんですが、この白湯ってのがなかなかすごいんです。

 

どうすごいかっていうと、

体の中がカーッと熱くなって、動き出す感じですね。

 

今の季節は夏だから、ちょっぴり実感しにくいんですが、

これが冬の朝だったりすると、もう抜群。

 

白湯を飲んだ瞬間から、身体の中が活発に動き出します。

 

まるで燃料をくべられたキャンプファイヤーのように、

グアングアンと動き出すわけですね。

(例が不適切ですね、キャンプファイヤーは動かない笑)

 

 

とまぁ、とにかく、

身体の中が活発に動き出すんですよ。

 

じゃあ、活発に動くと何がいいの?って話なんですが、

身体の調子が良くなるんです。

 

朝って頭の中寝てますよね。

身体も、どこか寝ぼけてる感じで。

 

これが一発で吹き飛びます。

もう、元気全開ファイト一発!みたいな。

 

やる気が出てきます。

二度寝とかもしなくなります!

 

 

あと、もう一個すごいのは、トイレですね。

 

非常に快適です。

 

そもそも、寝起きの時間帯ってのは、

人間の体は、ものを排泄するようにできているようです。

 

目ヤニとか出てきますよね?

あれって、身体が余分なものだそうとしてるらしいんですよ。

 

で、白湯を飲むことによって、

その排泄運動が活発になるんですね。

 

なぜって、身体の中の動きが活発化するから!

 

 

まぁ細かい理屈はどうだっていいんです(笑)

 

とにかく、白湯飲むと、朝のトイレがすごい快適ですよ!ってことです。

 

あと、目覚めが良くなって、一日を元気に過ごせますよって。

 

あと、白湯さえ飲めば、二度寝とかも防げますよって。

(白湯を飲む前に二度寝してしまう人はアカンですね。ハイ、僕です。)

 

 

どうです?白湯のすごさ伝わりました?

 

まぁ95%の人には伝わっていないと思います。

なぜって説明が雑だから(笑)

 

でも、残りの5%くらいの人には伝わったと思います。

その5%の人ってのは、現在白湯を飲み続けている人だからです(笑)

 

 

正直なところ、

変な通販食品とかよりも、白湯のほうが健康的だと思います。

 

余分なものは要ってないし(水だもの)、

お金かからないし(水ですから)、

手間も少ないし(水温めるだけだから)。

 

ってことで、白湯って素晴らしい!って話でした。

 

もし白湯愛好者の人がいたら、

コメントに「LOVE 白湯!」とか書いてくれると面白いです!笑

 

以上!読んでくれて有難うございました~。

Twitterの書きやすさとブログの書きにくさ

その他雑記

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最近ですね、Twitter上に指揮法について語るアカウントを作ったんです。

 

で、そのアカウントでは、自分が指揮法について学んできたこととか、

合唱について気が付いたことなんかをツイートしています。

 

僕の運営している指揮法サイトの客寄せ的な役割と、

自分の知識をアウトプットして、さらに定着させようという役割

2つの役割を持たせているんですね。

 

1日のツイートは、大体10個。

1回当たりの文字数は100文字超えるくらい。

10個ツイートするのにかかる時間は、10分くらい。

 

ってことはです、1日に1000文字くらい投稿しているんですよ。

 

10分くらいで。

 

真面目な投稿を、迷いなくスパスパと。

 

 

あれ?って思いました。

 

いつもブログの記事書くのに20分くらいかかってるよ?

 

それでいて1000文字ちょっとの記事だよな?

 

何でこんなに時間に差が出るんだ?と。

 

 

不思議ですよね。

方や、10分足らずで、迷いなくパッパと1000文字くらいツイート出来て、

方や、20分かけて、うーんと迷いながら1000文字ちょいのブログを書く。

 

この差はなんだ?と。

 

 

で、似たような事例を思い出したんです。

 

わんこそば(笑)

 

あれって、まさにこの事例じゃないですか!?

 

わんこ10杯で、ざるそば1枚だったかな?(適当)

 

それを人によっては、150杯とか食べるわけじゃないですか。

ざるそばレートで15枚ですよ?ほんとにヒトかって感じです。

 

僕は大食いとか、沢山とかそういう事には一切の執着がないのですが、

それでも86杯は食べてしまいました。

ざるそばレート8.6枚…

 

たぶん、ざるそばを何枚も目の前に置かれて、

さぁお食べ♪ とか言われても無理なんですよね。

 

小分けだからできる、食べられる。

 

 

Twitterも一緒で、小分けだからポンポン言葉が出てくる。

 

それを長くしようとするから、途端に苦しくなる。

 

やる前から、おなか一杯っす(うっぷ)的な感じになっちゃう。

 

 

こう考えると、ブログをサクサク書くためには、

小分けにして考えるってのが、結構楽なんじゃないかなって思いました。

 

その方法として、例えば

最初に見出しを作っちゃう、とか。

 

見出し作っちゃって、その見出しのお題に合わせて、

100文字くらいの記事を2~3作って、みたいな。

 

これやってけば、割とポンポン出るんじゃん?って。

 

 

あとは、ツイートを引用してポコポコ埋め込んでいく方法。

 

これは、まさにそのまんまって感じですが、

自分のツイートも利用できて一石二鳥って感じですね。

 

各ツイートのつなぎとして、

ちょこちょこっと自分のコメントを書いていく感じ。

 

 

思うように筆が進まない時は、こんな感じに書いていけばいいんじゃね?って

ひらめいたので、書いてみました。

 

ちなみに、最近のスタイルは

「ブログは素振り」なので、そんな面倒な事はしてません(本末転倒ww)

 

よーいどん!でタイプをはじめたら、

15~20分の間で書ききる。

自分の直感を信じて書き進める。

途中グチャったらご愛敬、読者のみなさん許してね!

 

こんな感じの意識でやっています。

 

まぁ素振りですから。(ひらきなおり笑)

 

 

でも、こう書いているのが実は一番楽しかったりします。

 

自分の思った事、感じたことを、リアルタイムで言葉に変換している感じ。

 

これは、見出しを付けて、思考をがんじがらめにするのよりも、

よっぽど楽しい作業です。

(見出しを付けることを否定するわけじゃないですよ!

今のトレンドが、ザーッと書いていくスタイルってだけです^^)

 

 

ってな感じで、わんこそば=Twitterって話でした。

 

以上!読んでくれて有難うございました~。

返報性のルールとあいさつ

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返報性のルールってのがありますよね。

 

人は、誰かから贈り物をされると、

それにお返しをしないと気が気じゃなくなる、

みたいなやつです。

 

これは別にものじゃなくてもいいみたいで、

例えば、誰かに親切をされると、自分も親切をしないとアカン…

みたいな気持ちになるっていう感じで。

 

僕はこの仕組み、というか性質? 結構好きなんですよね。

 

素敵じゃないですか。

誰かに何かをされたら、それに返してあげなきゃ気が済まん!

ってDNAレベルで刻み込まれているんですよ?

(さすがにDNAは言い過ぎか笑)

 

人は助け合う生き物だ、なんて言いますけど、

それは返報性のルールからも分かる事なんですね。

 

 

で、です。

最近この返報性のルールについて、応用できねーかなーと考えてました。

 

そしたら、「あいさつ」ってワードが浮かんできたんです。

 

人から挨拶されると、つい返しちゃうじゃないですか。

家族はもちろん、友人、先生、同僚、誰にだってなりますよね。

 

逆に、挨拶されたのに返さないと、なんか気持ち悪くなりません?

例えそれが、全くの見ず知らずの人であっても、

無視してしまうと「なんか悪いことしたなぁ…」って思いません?

 

 

これって、返報性のルール働いてると思うんですよ。

 

もらったら、返さないといけないって、

まさに挨拶のそれじゃないですか。

 

ってとこまで考えて、ちょっと頭の中がメルヘンに飛びます。

 

挨拶に返報性のルールが働いてるってことは、

挨拶は人間にとって、一種の贈り物のようなものなんじゃないか?

と思ったんです。

 

普段何気なくやっている挨拶、

科学的に見れば、ただの空気の振動に過ぎないわけですが、

人はその振動に対して、ただの音以上の価値を感じているんじゃないか?

と思ったんですね。

 

 

で、ここで話はビジネスに移ります。

 

ビジネスの基本は、まず人の役に立つこと、人に喜ばれることです。

 

その為に、常に周囲に対して、

自分は何ができるかってことを考える必要があります。

 

「あの人に喜んでもらうには、自分には何ができるかな?」

「こうしたら、あの人は役立つと感じてくれるかな?」

 

とこんな感じに。

 

で、ここで、挨拶は贈り物って話を持ってくると、

実は挨拶ってのは、誰にでもできる

ビジネスの第一歩なんじゃないかってことに気が付きます。

 

挨拶という贈り物をすることで、

相手に良い気分になってもらう、喜んでもらう、

こう捉えることができると思うんですね。

 

 

さぁ、だんだんと話がこんがらがってきましたよ!笑

 

現在これを書いている自分の頭の中でもグチャって来ているので、

今これを読んでいるあなたの頭の中がグチャっていても、

それはあなたの頭の処理能力の問題ではありません(笑)

 

 

つまり何が言いたいかというと!(まとめた!)

挨拶って、誰にでもできるビジネスの第一歩ですよねってことです。

 

で、きっとビジネスができる人っていうのは、

この挨拶のレベルがめっちゃ高いんだと思います。

 

もちろん、この挨拶ってのは「こんにちは」の一言ではなく、

それに付随するもろもろの所作を含めての挨拶ってことなんですが。

 

挨拶で、他人に気分良くなってもらえる人ってのは、

きっと、その他の行動にも、贈り物的な行動がにじみ出ているんだと思います。

 

で、ビジネスをやる人間はそこを目指さないといけない。

 

人の役に立つことをって思うと、

どうしてもスケールの大きなことを考えがちになってしまう自分なんですが、

挨拶をきちんとするとか、そういう小さなことも十二分に大切なんですよね。

 

そんなことをFacebookの投稿を見ていて思いました。

 

以上です!有難うございました~!

 

 

メディアとしてのブログの作り方について参考になった記事

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【ノウハウ公開】月100万人に読まれるブログメディアの作り方。 : まだ東京で消耗してるの?

 

有名なイケダハヤトさんのブログですね。

 

この記事の中で、

1日10本記事を書け。

 

10本素振りすりゃそりゃ上手くなるから。

 

ブログの記事なんて全部素振りでいいんだ。 

 的なことが書いてあったんですが、

この考え方すげーなーと感じました。

 

すげーなーっていうか、斬新?な感じでした。

 

誰かの役に立つ記事書かなきゃとか、

人に読まれる記事書かなきゃとか、

そういう小難しい事考えないで、とりあえず数書きな。

 

と、こんな感じに言われている気がしました。

(正確な意図はわかりませんが。)

 

この姿勢って良いですよね。

 

本当なら、自分の言いたい事を気軽に書けるはずのブログなのに、

気が付いてみれば、自分で自分の思考をがんじがらめにしている。

 

で、だんだん筆が重くなって、

終いには書くのがめんどくさくなってきて、更新ストップ!

なんて。

 

もっとらくーに記事書いていいんだよ~って

背中を押してもらった気分でした。

 

(もちろん、本気で書くときは、

しっかり推敲するべきなんでしょうけど!笑)

ゲシュタルトの書き換えによる目標設定

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以前購入した本

『努力は要らない「夢」実現脳の作り方』より、

目標設定を実行中です。

 

この本、

タイトルが若干胡散臭くて怪しい感じがするのですが、

書いてある内容は非常に理論的です。

 

理論的過ぎて、一読しただけでは、

内容を把握しきれないくらいでした。

 

専門用語なんかは、きちんと説明されてはいるのですが、

それでも、慣れない用語に翻弄されてしまったり、

2度目読んでみると、同じ用語に新たな面が見えてきたりと…

 

要するに、胡散臭いけど、

書いてある内容は真っ当です、ってことです^^

 

 

で、この本は何を伝えているかというと、

夢を達成するのに努力はいらないよ

ってことを言っているのです。

 

努力はいらないってのを誤解するとあれなんですが、

これは、別にダラダラしていれば夢がかなうというわけではなくて、

 

とある方法で脳に仕掛けを組んでやれば、

脳(身体)が好き好んで、夢を達成するために働いてくれますよ

ってことを言っています。

 

努力って、こう、頑張っているってイメージあるじゃないですか。

 

でも、例えばテレビゲームを想像してほしいんですけど、

徹夜して何時間もぶっ通しでやってる人とかいますよね?

あれって頑張ってるとか、努力してると思いますか?

 

きっと、多くの人は「それはないな」って思うと思います。

 

では、夜中ぶっ通しでゲームをする人は、

何で眠い瞼を開きながら、ゲームをし続けられるのかいうと、

それが楽しいからやってられるんですね。

 

ゲームをしているとワクワクして、楽しくって、面白くって。

 

そんな感じでやっていると、

気が付けば、時計の針はてっぺんを超えていて、

更に気が付けば、朝日がおはようございます。

ってな感じなわけです。

 

つまり、そこに努力は介在しておらず、

好きでやっていたら、なんかすごい事になっていた、

とこういうわけです。

 

 

この仕組みを使って、

人生の夢を叶えましょうよってのが、この本の大雑把な趣旨です。

 

その為に、

人間の脳はどのように働いているのか、とか

人間の脳は、目の前の世界を正確に認識しているようで、

実は、全然正確に認識できていない、とか

このようなことが前置きで説明されているわけですね。

 

 

で、今回この本のワークを利用して、

僕自身の夢を達成するための、目標設定をしてみたわけです。

 

感想は、

 

面白い&大変だった。

 

やっているうちに、

自分の知らない自分に気が付くことが出来たり、

 

また、

実は自分がやりたいと思っていたことが、

自分の本音とはちょこっとずれていたという事が分かったりと

 

新鮮味のある発見をすることができた、

と同時に、

 

5段階くらいあるワークをこなしていくのには、

多少の骨が折れました。

 

きちんとやろうと思えば思うほど、

なかなか進めなくなってしまうようにできています(笑)

 

これでいいのか?

まだ考えたりないんじゃないか?

妥協しているんじゃないか?

 

こんな風に考えだすとやばいですねー笑

 

ですが、とりあえずひと段落付けることができました。

 

あとは10個の条文をいじりながら、

自分の脳に働きかける仕組みを作っておしまいです。

 

後は、その仕組みを毎日実行するのみ。

これが意外と大変なのかもしれません(汗)

 

ってな感じで、簡単な本の紹介でした。

一応紹介のリンクみたいの張ってみるので、興味ある人はどぞー。

>努力はいらない! 「夢」実現脳の作り方

やらない善より、やる偽善

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「やらない善より、やる偽善」

 

これは、かの有名なロックベル夫婦の言葉です。

 

単行本確認していないので、

もしかしたらビミョーに間違ってるかもですが、

まぁニュアンスは大体あっているでしょう(雑)

 

一応ハガレンを知らない人のために、

これがどういう状況で発せられた言葉か説明すると…

 

この言葉は、

AとBという国が戦争をしていて、

とある地域へのA国の攻撃によって、B国に負傷者が出ました。

 

で、その時に、B国の負傷者の手当てをしたのが

A国のお医者さん(ロックベル夫婦)だったんですね。

 

B国の人間にけがを負わせたA国の人間が、

なぜかB国の人間の手当てをしている、というわけです。

 

もちろん、A国の人間であるロックベル夫婦は、

攻撃には一切加担していませんし、

治療をしているのも、医者としての使命感からです。

 

ですが、

B国の人間からしてみれば、

やっぱり気に食わないと思う人もいるわけですね。

 

そこで、とあるB国の人が、ロックベル夫婦に言うわけです。

 

「こんな偽善やめちまえ」的なことを。

 

で、その言葉に対して、ロックベル夫婦が返したのが、

タイトルの言葉なんですね。

 

「やらない善より、やる偽善」と。

 

 

で、この言葉っていうのは、

僕に結構なインパクトを与えています。

 

というのも、少し趣旨がずれるんですけど、

かつてこんなことがありました。

 

 

===

僕が中学3年生の時の事です。

 

同じクラスに、小学校のころから好きだった子がいました。

 

その子は勝ち気で、明るくて、運動も出来たりする、

まぁ元気な子でした。

 

その子とは、小学校の時は一緒に遊んだり、

気軽に話をできるくらいには仲が良かったんですが、

中学校に入り、途中クラスも変わってしまった事から、

なかなか話しかけづらい感じになってしまいました。

 

当時は中2病全開!みたいなところがあったので、

それが大きく影響していると思われます。笑

 

で、話は戻って、

彼女は、僕とは家が離れていたので、

学校には、僕とは違う通学路で通っていました。

 

つまり普段は、学校を出てしまうと、

すぐに違う道で登下校をしていたんです。

 

とある秋の日の朝、そんな彼女がなぜか、

僕の通学路で、僕の20mくらい前を歩いていました。

 

「はて…?あれは○○か?」

 

近くまで近寄ってみると、やっぱり本人です。

 

「なんでこっちの通学路なんだ?」

 

疑問符が沢山浮かんできます。

 

しかも、下を向いて

THE 落ち込みモード

と言わんばかりの様子で歩いているのです。

 

で、本来なら、というか今の僕なら普通に

「おはよー、どうしたの?」

と声を掛けるのですが………

 

が……

 

先ほども説明したように、

僕は当時中2病真っ盛りでした。

 

自分の好きな女子と、おしゃべりしながら登校する

 

し か も

 

大丈夫かい?なんて声を掛けている

 

となると、当時の僕にはめちゃくちゃハードルが高く感じました。

 

これは、なかなか他の人に分かってもらえないかもなんですが、

当時の僕にとって、女子と話しているのを誰かに見られると、

その子の事が好きなんじゃないかって噂されるのが嫌だったんですね。

 

それは、恥ずかしいって気持ちがあったのかもしれませんし、

自分の本心がバレてしまうのが怖いとか、

巡り巡って本人の耳に入って、間接的にフラれるのが怖いとか、

そういうのがあったのかもしれません。

 

まぁなんにせよ、

当時の僕には、その場で彼女に話しかける勇気はなかったんですよ。

 

で、あろうことか、

彼女の脇を、彼女を無視するような形で、スーッと登校してしまったんです。

 

(もしタイムマシンがあったら、

一番にやり直しさせたい思い出の一つです。)

 

彼女の脇を通り抜けて、

その日はそのまま投稿してしまいました。

 

もちろん学校の中でも、その子と話をする事は無く、

その日は終了してしまいます。

 

 

下校時間はさすがに重ならなかったようで、

彼女とすれ違う事はありませんでした。

 

その後も、何度か登校中に彼女の後姿を見かけましたが、

如何せん僕は声を掛けることができず、

かといって、無視して脇を通り抜けてしまうのもあれなので、

適当な距離もとりながら、後ろを歩いて登校していました。

 

それは1か月間くらいだったでしょうか、

何週間か経つと、通学路で彼女を見ることは無くなりました。

 

学校には来ていたので、通学路が変わったものと思われます。

 

で、その子とは特に発展もなく、卒業を迎えます。

自分の気持ちを伝えることもなく、

彼女と目立った会話をした覚えもありません。

 

そんな、なぁなぁな感じで中学校を卒業したのです。

 

それから1年ほどたって、母からこんな話を聞きました。

 

母「○○ちゃんさ、高校中退したんだって。」

 

僕「え!?」

 

母「なんかね、あんたが中3の時に、

あの子の家で、お父さんとお母さんの離婚騒ぎがあったんだって。

 

結局二人は離婚しちゃって、

○○ちゃんはお母さんと一緒に別の住まいに移ったみたい。

 

で、そこから◇◇に進学したんだけど、

やっぱり荒れちゃったみたいで、高校やめちゃったんだってさ。」

 

僕「そ、そうなんだ~。」

 

母「で、名前は知らないんだけど、

あんたの上のなんとかって先輩と付き合って、

同棲してるとかなんとかって話だよ。」

 

僕「へ、へ~、それは大変だねぇ…」

 

と、こんなやり取りをしました。

 

うちの母は、その性格からか、

僕の同級生と仲が良く?、数名の女子からはニックネームで呼ばれているほどでした。

 

その中には、彼女も入っており、

彼女とのお母さんとも仲が良かったようです。

 

そういうつながりもあって、

情報が入ってきたのかもしれません。

 

 

で、、、

そのやり取りをしながら、

僕は呆然としました。

 

あの、通学路が日は、

両親の不仲が原因で、一時的な別居状態から生じたものだったのです。

 

落ち込んでいるように見えたのは、

疑う余地のないくらい、まさにその通りだったのです。

 

そんな彼女の脇を、

僕は黙って通り過ぎて行ってしまった。

 

後姿を見かけながらも、声を掛けずに歩いてしまった。

 

当時は、そのバックグラウンドなぞ知る由もないので、

それを理由に責めるのはちょっと当てがずれるのですが、

 

それでも、

自分の好きな女の子が、めちゃくちゃ困っているときに、

自分のつまらないプライドみたいなものを守らんがために、

一切何もしなかった、できなかった、というのは、

とても大きなショックでした。

 

そして、後悔しました。

 

なんであの時、一言声を掛けてあげなかったんだろう、と。

 

なんで、自分のつまらない見栄みたいなのを優先してしまったんだろう、と。

 

もうめちゃくちゃ後悔しました。

 

それは、彼女と話す機会を設けたかったから、なんて気持ちではなく、

ただ単純に、何かしら力になってあげたかった、

相談に乗ってあげたかった、辛さを一緒に受け止めてあげればよかった、

という気持ちからでした。

 

「あんたと話したってしょうがないんじゃない?」とか

「それって良い子演じたいだけなんじゃないの?」とか

 

そんな声が飛んでくるかもですが、

それでも、何かしらの力になってあげたかったんですね。

 

片思いだったとしても、自分の好きな子でしたから。

 

 

そして、この時の思いが、

「やらない善より、やる偽善」につながってきます。

 

この文脈だとちょっと意味違うんじゃね?

という実に真っ当な意見はちょっと隅に置いておいてください^^;

 

「やらない後悔より、やる失敗」

といっても良いかもしれません。

 

要するに、

他人の目を気にしたり、その後の事を心配する暇があるなら、

とりあえずやってみよう!まずは飛び込んでみよう!

と、こう思ったわけです。

 

きっとこういう事って、誰にでもあるんだと思います。

 

僕の場合は、一番印象に残っているのが初恋の相手だった、と。

 

この後悔は、たぶん一生忘れられないですし、

現に今でも、やるかやらないかで迷ったら、

当時の彼女の顔や、通学路が目に浮かびます。

 

そして、まずは行動しています。

 

 

ということで、僕のナイーブな過去と

ロックベル夫婦の名言をリンクさせたお話を書かせていただきました。

 

拙文にお付き合いいただき有難うございました。