MANABLOG

会社を退職して独立への道を進んでいる25歳。趣味は合唱と指揮と20世紀前後のオペラ歌手鑑賞。

実は結構キツイ指揮者という立場を、ぼくが5年間も続けられた7つ理由

華麗に見える指揮者、しかしその裏側は……

見た目は華麗に見える指揮者ですが、その実態は汗と努力と批判にまみれた非常に厳しい世界です。

地味な指揮の基礎練習徹底した楽譜の読み込み多岐にわたるアンサンブル(演奏者との合わせ)、飛び交う批判、等々。

 

今日は、そんな中でもぼくが指揮者をやってこられた理由を書かせていただきます。

 

んで、これから指揮者になろうとしている人、現在指揮者をやっているんだけれど辛いという人、そういう人にはぜひとも知っておいてほしいです。

 

1.「感動しました」は最高の賛辞

やっぱり一番に上がってくるのはコレです。

ぼくはかなりのナルシストで、かつ変人ですから、他人に褒めてもらうのが非常にうれしいんですよ。(指揮者って大体ナルシストですけどね・笑)

で、そういう人間が、自身の演奏に対して「感動して、思わず涙がでちゃいました。」なんて言われると、もう天にも上る勢いで喜んでしまいます。

 

演奏者とともに頑張って作った音楽が評価される、という点でも非常にうれしくなってしまいます。

 

2.「○○の指揮は歌いやすい」も最高の賛辞

演奏者側からこう言ってもらえることもあります。

これも非常にうれしいことです。

 

ぼくが実際に言われた言葉があるんですが、

本当ならあなたの指揮でもっと歌っていたい、そう思わせる指揮だった。

今まで見てきた中で、あなたの指揮が一番好きでした。

 

このような言葉を、しかも長い時間を過ごした演奏者から掛けてもらえるというのは、まったくもって指揮者冥利に尽きることです。

 

3.音楽につつまれる快楽

指揮台という、舞台の特等席で味わう音楽は最高です。

歌詞とハーモニーとが混ざり合った極上の音楽に、演奏者の思いが込められることによって、まるで暖かい何かに包まれているような感覚を味わうことができます。

 

それはもちろん観客席においても味わうことができるのですが、舞台上の最もエネルギーの濃いところで味わえるというのは、やはり指揮者にのみ許された特権でしょう。

 

4.本番前のピリリとした緊張感

本番が始まる直前のピリッとした緊張感もたまりません。

場内がシンと静まり返る中、お客さんの視線を背中に感じ、演奏者の視線をその両手に集める感覚は、ものすごいスリルと緊張を与えてくれます。

 

そのスリルと緊張が極限に高め、もうこれでもかっというところで第一音を鳴らすゾクゾク感、これはもう一度知ったら病みつきになってしまうほど。

 

もちろん、これを体感するためには、何百というお客と何十という演奏者を、極限状態まで焦らせることが必要になります。相当なSッ気が必要です(嘘)

 

5.傍観者である観客をグイグイ巻き込んでいく感覚

演奏が始まったばかりの頃というのは、存外お客さんは集中していません。

舞台上の指揮者や演奏者のテンションについていけないんですよね。

 

そこで、指揮者としては、曲に様々な工夫や仕掛けを施すことで、お客さんを音楽の世界へ引き込んでいくわけです。

 

そうすると、だんだんとお客さんのテンションが高まってくることが分かるんですね。

例えば、5曲1組の楽曲を演奏する場合、2~3曲目からお客さんの様子に変化が起こります。これは目に見える変化ではなく、指揮者が背中で感じるものですね。

そして、4曲目からフィナーレを迎えることには、お客さんも演奏者も、すなわち会場中が一つのテンションに行きつくわけです。

 

最初はシラーっとしていたお客さんが、気づいたら一緒に興奮状態になっている

この変化がたまらないんですね。

 

6.タクトで指示を出した時の合唱団の顔つき

演奏中、

「ソプラノいくよ~、ソレッ! ここだ!」

と言葉には出さず、タクトだけで指示を出すことが多々あります。

 

このときの演奏者の反応が、これまた大好きなんですね。

一切言葉は発せずとも、こちらの腕の動きだけで、こちらの意図に呼応してくれる。

まさに以心伝心の世界です。(まぁ腕動いてるので以心かどうかは別かな?)

 

で、指示を出すということは、そこは一つの聞かせどころですから、ついワクワクしてノリノリの表情で指示を出してしまう。すると指示を出された方も、それを知ってか「わかったよ。」という顔でアクションをしてくれるんですね。

この無言のやり取りによって、人とのつながりをより強固に感じるられる、というのも指揮者の醍醐味であると感じています。

 

7.頭の中のイメージが音として具現化されていく感覚

これは練習中も含めてですが、自分の頭の中のイメージを、演奏として具現化できるのも指揮者のステキなところです。

 

音楽なんてのは、最初は音と音の組合せでしかないわけで、ただ音を鳴らすだけであれば、誰がやっても同じように聞こえるんです。

それを、音を聴いて作曲家の思いを想像し、歌詞を読んで作詞家の思いを想像し、そこに自分の好みが加わったりして……そうやって自分だけの音楽を作っていく

 

それを合唱団と共有し。練習を重ねていくことで、最初はただの音の組合せでしかなかった音楽は、自分の頭の中で想像した通りの音楽に変わっていきます。

自分が「こうだったらステキだろうな~」と考えていたことが、目の前に音楽として現れるんです。

 

こんなことができて、しかもそれを客観的な立場から聴くことができるのは、やはり指揮者だけな気がします。

そういう意味で、非常に贅沢な立場といえるんじゃないかなと思います。

 

おわりに

自己承認欲求的な理由と、純粋に音楽の創造者としての楽しさについて書かせていただきました。

この辺の感覚は、指揮者によってさまざまでしょうから、絶対的な正解はないと思いますが、指揮をやってこられた方であれば1つくらいは必ず該当するんじゃないでしょうか。

 

指揮者ってのは、孤独で、結構地味で、批判を掛けられることも多くて、なかなか一筋縄ではいかない立場かと思いますが、それらを乗り越えた先にあるのは、この世で指揮者しか味わうことのできない快楽ばかり。そして、それらには中毒性があります(笑)

 

冒頭にも書きましたが、もしこの中に指揮者志望の人や、指揮者をやっているという人がいれば、エールを送りたいです。今はどんなに辛くても、乗り越えた先にとてつもない快楽がまってますよ、と(笑)

 

ということで、ぼくが指揮を続けられた理由を書かせていただきました。

最後までお付き合いくださりありがとうございました!