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MANABLOG

会社を退職して独立への道を進んでいる25歳。趣味は合唱と指揮と20世紀前後のオペラ歌手鑑賞。

元いじめられっ子が考える、いじめを根本的に減らす方法

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わかばさんの記事に考えるきっかけをいただきました。

wakaba0204.hatenablog.com

ぼく自身がかつていじめられっ子でしたし、過去から現在まで、そして恐らく未来まで存在し続けることですので、ここいらで一度まとめてみました。

いじめとは何か?

まずは「いじめ」の定義から。

デジタル大辞泉から引用してみます。

いじめ【苛め・虐め】

肉体的、精神的に自分より弱いものを、暴力や嫌がらせなどによって苦しめること。特に、昭和60年ごろから陰湿化した校内暴力を指すことが多い。

 

ついでに、「けんか」の定義も見てみます。

けんか【喧嘩】

言いあったり殴ったりしてあらそうこと。いさかい。

 

以上を踏まえて、いじめの成立条件を考えてみます。

 

いじめの成立条件1

当然ですが、まず、いじめをする人間が必要です。

そして、これまた当然ですが、いじめをされる人間が必要です。

 

一見これだけでいじめは成立しそうに見えますが、ぼくはこれだけではいじめは成立しないと考えました。

成立条件2へと続きます。

 

いじめの成立条件2

まず、いじめをする人間には、以下の要素が求められます。

  1. 何かしらの点において、相手を下に見ている
    →これは必要不可欠です。というのも、例えばマイク・タイソンが同じクラスにいて、猛烈に気に食わないやつだとしても、恐らくですが、いじめをしかける輩はいません。それは、彼が「自分よりも上」だと感じるからです。

  2. かつ、それを根拠に、相手を苦しめようとする
    →ここで、いじめが発生するきっかけが出来上がります。

 

次に、いじめをされる人間には、以下の要素が備わっている必要があります。

  1. 何かしらの点において、相手を上に見ている
    →これも必要な要素で、恐らくこれがなければ、いじめは喧嘩へと転換していきます。そうすると、「いじめ」ではなくなってしまうのです。

  2. 相手に苦しめられたという気持ち
    →ここで初めて「いじめ」が成立します。もしここで、苦しめられたと思わなければ(例えば、超鈍感 or まったく気にしない)、「いじめ」にはなりません。

 

改善のヒントは成立条件2にある

このようにいじめを分解した結果、いじめを根本的に減らすヒントは、成立条件2にあると考えました。

 

改善方法1:いじめる側の改革

いじめをする側は、なぜいじめをしようと思うのか

それは、自分に自信がない、あるいは普段の生活で、自分の心が満たされていないからです。

自分という円があったとして、そこに空白が生じてしまっているんです。

彼らは、自分に自信がなく、自己肯定感が低いために、普段の生活ではその空白を埋めるっことができない。

だから、他者を自分の下に敷くことで、一時的であっても満足感を得ようとします。

 

ということで改善方法1は以下の通りです。

  • いじめっ子自身に、人間としての自信を持たせる
  • そして、自己肯定感を高めさせる

 

改善方法2:いじめられる側への指導

続いて、いじめられる側。

先ほどもチラっと書いたとおり、いじめが成立するためには、彼らがいじめっ子のことを上に見ている、そして嫌がらせを嫌なものとして認識していることが必要です。

そこでぼくが提案するのが以下の2点。

  • いじめっ子と同等か、それ以上の立場になる
  • そもそも嫌がらせなんて気にしない

仮にいやがらせを受けたとしても、「なんだてめぇ!」とやり返せばいいのです、というか、これがないと動物として厳しいはずです。やり返さないのは、相手のことを自分より上だと認識してしまっているからです。相手がボクシング世界チャンピオンとかだったら、そりゃ肉体的には勝ち目はありませんよ。でも、大概の場合において、相手はただの人間です。

それに必ずしも肉体的に上になる必要はないんです。精神的に、いじめっ子なんか、軽く鼻であしらっちゃうくらいの心を持つのだって、十分にありだと思います。

 

そして最も効果的なのが、嫌がらせを嫌がらせとして認識しないこと。

相手がなにをやってきたって、それをどう受け止めるかはその人次第。いわゆる色即是空ってやつですね。動じない心をもって、適当に流せるのが一番強いです。

これを完璧にできるのは仙人くらいだと思いますけど……汗

 

親や先生のやるべきこと

ということで、親や先生のやること・できることは以下の通り。

  • 子供たちが、自分自身に”人間として”自身を持てるように育てる
  • 人を虐げるのではなく、自らの行動で心を満たせるような指導をする
  • やられたらやり返すくらいの気構えを持たせる

こんくらいでしょう。

 

ポイントは、間接的に関わってあげることです。

間違っても、直接現場にでしゃばることではありません。

それは子供たちにとって、悲劇を助長させるだけです。

 

おわりに

過去にいじめられた経験を思い出し、それを分解しながら考えてみました。

「やられたらやり返す」に疑問を呈される方も多いでしょう。

その場合は遠慮なくコメントいただければと思います。(他の方の意見も聴いてみたいのです^^)

 

実は「やり返す」案を入れたのには、2つの理由があります。

一つは、生き物として、最低限反発する力を養っておかないとダメだろう、という思いです。

いじめられてもガマンできる、へっちゃらさってならいいんですけどね。ほら、いろんなところから飛んじゃったりするじゃないですか。そんなことするくらいなら、一度胸ぐらつかんで「てめぇ!」とか言えばいいのに……と悲しくなるんですよね。

 

もう一つは、ぼく自身がそう育てられたこと。

小学生の時の話です。いじめられて泣きながら帰ったぼくに両親は言いました。「泣くくらいならやり返してこい!じゃなきゃ泣くな!」と(笑)

当時はなんて親だろう(涙)と思いましたが、いじめっ子の所に戻り「やめろよ!」的なことをハッキリ言ってぐちゃぐちゃしてるうちに、意外とすんなり聞き入れてくれたんですよね。そのあと仲良くなったりしましたし。

 

この2つの思いがあったので、「やられたらやり返す」という要素を入れました。

 

さてさて、今回はまじめな話題を書かせていただきました。

感想でも構わないので、気軽にコメントいただけると勉強になります。

 

それでは、最後までお付き合い頂きありがとうございましたー。