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MANABLOG

会社を退職して独立への道を進んでいる25歳。趣味は合唱と指揮と20世紀前後のオペラ歌手鑑賞。

「ありがとう」の反対の言葉

頭の中のコト

ありきたりな言葉ですが、

「人間、感謝を忘れてはいけない」

なんて言われますよね。

 

あれって本当だよなって思うんです。

 

何かをしてもらったとき、

何かを受け取ったとき、

 

「ありがとうございます」の一言が出るか出ないか、ってのは、

人間関係をスムーズに運ぶためには、とっても大事じゃないですか。

 

 

で、ここまでなら、

ほとんどの人が出来てる事だと思うんですよね。

 

 

例えば、

毎日ご飯を作ってくれている母に、ありがとう、とか

誕生日にプレゼントをくれた友人に、ありがとう、とか

道を教えてくれたおまわりさんに、ありがとう、とか。

 

こういう、

何かをしてもらって、それに対してのお礼

っていう分かりやすい形があるときは、僕もできるんです。

 

「ありがとうございました」って言えるんですね。

 

 

で、問題なのは、そこから一歩踏み込んだところなんですよ。

 

どういうことかというと、

自分以外のすべての存在に、「ありがとう」を感じるってことなんです。

 

意味わかりませんね(笑)

 

えーと、つまり、

まさに今、自分がこうして生きているのって、

自分以外のあらゆる存在に支えられているからじゃないですか。

 

分かりやすいところで言えば、

自分を生んで、育ててくれた両親とか。

 

もうちょっと飛んで、

身につけている服を作ってる人とか、

カタカタ打ってるパソコンを作ってくれた人とか。

 

あるいは、

電気を供給してくれている人とか、

そのサービスを運営してくれている人とか。

 

本来、こういう無数のものに支えられているはずなんですけど、

その人たちに対して、「ありがとう」を感じることができない。

 

まぁ思い込むことはできるんですけど、その「ありがとう」には、

臨場感(まさに自分が感じている!って感じ)がないんですよね。

 

だから、どうにも嘘っぽい「ありがとう」になる。

 

で、この状態を世間では、

「当たり前」の状態と言ったりします。

 

 

本来なら「ありがとう」ってなるところが、

「当たり前」になってしまっている。

 

だから、感謝を感じなければ、

感謝に臨場感もない。

 

で、「人間、感謝を忘れちゃだめだよ」なんて

セリフがどうにも遠く感じてしまうんですよね。

 

 

では、どうすれば

「当たり前」から「ありがとう」へステップアップできるのか。

 

ここ1か月くらいずーっと考えてました。

 

で、一つの答えにたどり来ました。

 

なんだと思います?(とか聞いてみる笑)

 

僕が見つけた、一つの答えは、

自分が他の人のためにできることを徹底的に考えて、

それを徹底的に実行する

ってことでした。

 

 

「当たり前」を「ありがとう」に変えるのに、なんで

「自分が他の人のためにできることを考えて、実行する」になるのか。

 

これは、ちょっとややこしい話なんですが、

感謝って循環だと思うんですよね。

 

どういうことかと言うと、

誰かからの提供があって、それに対して感謝を感じますよね。

 

で、そうすると気分が良くなるじゃないですか。

 

そしたら、

○○さんに~~してもらったから、自分も誰かに~~してあげよう、

とか思ったりしてしまう。

 

誰かのために、動きたくなる。

 

あるいは、

そうしないとバツが悪くなるような感じがする。

(自分だけ良い思いするのも、なんだかなぁ…みたいに)

 

すると、

○○さん→自分

と、来たものが、

自分→他の誰か(もちろん○○さんでも可)

と伝わっていく。

 

こんな風に、感謝って循環していくものだと思うんです。

 

 

で、人間一人ひとりには、常に

「他の誰かからの提供」が送られてきてるんです。

 

ちょうど、さっき例に出した、

両親とか、服を作ってくれてる人とか、電気作ってくれてる人とか。

 

で、こういう人たちの有難さに気づくためには、

なにはともあれ、自分から提供する行動にでればよいのでは!

と思ったのです。

 

誰かA→自分→誰かB

と感謝が循環していくうちの、誰かAの存在に気づけなくても、

とりあえず、自分から誰かBへ提供をしてあげる。

 

他の人のために、自分に何ができるかを徹底的に考えて、

それを徹底的に実行していく。

 

こうしているうちに、

二つの事が起こるだろうと考えています。

 

一つは、誰かAの提供に気づけなくても、自分から提供し続けていれば、

自分が提供したものが、ずーっと循環していって、

最終的に、(形を変えてでも)誰かAのもとにたどり着くだろう、ということ。

 

もう一つは、人のためにできることを、徹底的に考えているうちに、

自分が受けている、無意識の提供にも、

気づくことができるようになるだろう、ということです。

 

 

きっと自分の身の回りには、

それこそ想像も及ばないような、誰かの力が存在していて、

そういう無数の誰かの力によって、自分は存在しているんだろうな

 

ってのが、僕が到達した、一つの結論であり、

 

それに対して、

自分ができることをやろう

 

ってのが、一つの解決策です。

 

ってことで、ありがとうの反対の言葉、当たり前について

思いのたけを述べさせていただきました。

 

実際、これを読んでくれているあなたも、

僕の事を支えてくれている一人なんですよね^^

 

読んでくれてありがとうございました^^